残された謎と、その考察

用語解説

鬼滅の刃 未解明の謎に関する考察
 鬼滅の刃、その物語自体は既に完結しているが、特定の人物や物品、あるいは制度に関して存在が示唆されながらも、最後まで明確にならなかった要素は多い。この項では、そうした”残された謎”に関しての可能な限りの考察と、暫定的な結論を提示したい。

目次

入れ替わりの血戦


 十二鬼月じゅうにきづき)への抜擢や序列の昇降格といった人事(?)に関しては、基本的には鬼舞辻 無惨きぶつじ むざん)の意思で決定されているが、”入れ替わりの血戦”と呼ばれる指名挑戦制度によって下位の鬼が上位の鬼に戦いを挑み、それに勝利すれば位を入れ替える事が可能となっている。

 しかし、首領である鬼舞辻の存在を人間に知られてはならないという絶対原則がある以上、鬼と為った者が日々の出来事や経験を記録して残すような事は皆無に等しく、入れ替わりの血戦に関しても「いつ?誰が?誰に?」対して挑み、そして結果がどうであったのかを知る事は難しい。

 唯一、判明しているのは、黒死牟こくしぼう)が”上弦の壱”の位から動いた事は一度も無く、なおかつ、過去に入れ替わりの血戦を挑まれた事は鬼と為ってからの数百年の間に三度のみであり、その内の一人が猗窩座あかざ)であったという事だけである。

決着方法は?

 鬼と為った者は肉体の怪我や欠損を短時間(上弦ならば数秒)の内に再生できるので、鬼同士が戦った場合、いつまでも決着がつかないのは自明の理である。ならば、入れ替わりの血戦の場合は何を以って勝敗が決したと見做すのだろうか?

 これには、以下の二通りの考察ができる。
  1. 血戦の際には必ず鬼舞辻 無惨が立ち合い、あくまでも鬼舞辻自身の主観に拠って勝敗を決定する。
  2. 鬼舞辻が立ち合うのは同じだが、その際に両対戦者の細胞の再生能力を一時的に無効にし、人間であった時と同じように一定以上の怪我は致命傷となるように設定する。
 上記二つの内、一見すると後者の方が鬼舞辻だけでなく対戦者双方から見ても勝敗が明確に決するので、より合理的であるように思える。しかし、その場合、新たな謎が露呈する事となる。

 それは「対戦者双方の基本的な格闘能力や血鬼術の効果は保ったまま、再生能力だけを都合よく、平等に無効化できるのか?」という点である。

 当然の事ながら鬼にも体格や筋力の差、血鬼術の個性や再生能力の個体差があり、それは鬼に為ったからといって生物としての成長曲線そのものまでが無くなったわけではない事を意味する。喰った人間の栄養が血鬼術の強化に使われるのか、はたまた筋力や再生能力の強化に使われるのかは、たとえ始祖であっても判らない筈である。

 つまるところ、鬼舞辻の恣意で再生能力を無効化した場合、それに影響される形で筋力や反射神経、あるいは血鬼術の効果までが衰えたりする可能性がある上に、元から再生能力が(比較的に)高くない鬼に至っては、下手をするとそれだけで死んでしまう事も有り得るので、とても平等な勝負は望めない。

 元より平等な勝負が望めないのであれば、最初から鬼舞辻自身の主観で勝敗を決定しても同じ事である。

 従って、「入れ替わりの血戦は鬼舞辻 無惨の立会いの下で行われ、なおかつ、その主観に拠って勝敗を決していた可能性が高い」と決論する。

鬼にならない体質の謎


 黒死牟が獪岳かいがく)に血を分け与えた際に言及した「稀に鬼とならぬ体質の者も存在する」という言葉は、あまりにも多分な意味合いを含んでいる為に定義を特定する事は難しい。何故ならば、鬼舞辻 無惨が人間を鬼化しようとする際に毎回々、厳密に同じ量の血を注入していたとは考え難いからである。

 単純に、注入した血の量が少なすぎて鬼化するだけの変化が起こらなかった場合もあったであろうし、あるいは相当量の血を注入したとしても、その人間が普段から何らかの医薬品を習慣的に服用していた場合、その副作用によって鬼の因子を阻害していた可能性も考えられる。

 対象や条件を厳密に定めて統計した訳ではない以上、「鬼になりにくい体質」の定義が成立していないので、ここでは「鬼になりにくい体質というものが存在するのであろう」という、黒死牟自身の個人的な憶測であると結論する。

禰󠄀豆子の痣(ねずこのあざ)


 今さら言うまでもなく、”痣の者”とは呼吸法を極めて「寿命の前借り」を果たした一握りの剣士に対する呼称である。しかし、かつて半天狗の分身体である憎珀天ぞうはくてん)が甘露寺 蜜璃かんろじ みつり)の体表に浮かび上がった痣を見て「鬼の紋様と似ている」と発言した事がある。

 確かに響凱きょうがい)やるい)、あるいは堕姫だき)といった鬼の側にも(主に顔面に)痣のような紋様を有している者が居るが、さりとて、それらの者が他の鬼に比べて特別に強かったわけではない(黒死牟の場合は人間時代から痣が有ったので例外)。

 では、遊郭に於ける戦いで”大人化”した禰󠄀豆子の体表に現れた植物の枝葉のような痣は、一体、何を意味していたのだろうか?

 人間の場合であれば、先に述べたように寿命を前借りして個体の成長限界に達している証拠となるが、およそ寿命と呼べるものが存在するのか判然としない鬼の場合は、成長限界を示しているとは(可能性が皆無ではないが)考えにくい。

 最も妥当な解釈としては、以下の二つが挙げられる。
  1. 黒子(ほくろ)や雀斑(そばかす)などと同様に、皮膚表面に現れた色素が鬼の因子の影響によって色濃く広範囲に及んだ可能性。
  2. 人間の場合とは逆に、痣(紋様)が現れている鬼は、そこから更に何らかの成長を遂げる要因を有している可能性。
 医科学的に考えるのであれば前者の方が可能性が高そうだが、後者の可能性も無視できないのは、特に禰󠄀豆子の場合、遊郭での戦いに於いて痣を出現させた後に、刀鍛冶の里で太陽の光を克服している点である。

 それを踏まえると、確かに響凱自身が語っていたように稀血の人間を喰えば更なる成長の可能性があった事も否定できないし、累に至っては子供の鬼であったが故に、元より成長の伸び代があった可能性が高い。従って、「禰󠄀豆子の身体に現れた痣は、太陽の光を克服する前兆であった」と結論する。

謎の剣士・縁壱の正体

謎の剣士
 ここまでは極力、医科学的な根拠や論理的な整合性を基にして考察してきたが、”全集中の呼吸法” の始祖である継国 縁壱つぎくに よりいち)という人物に関しては、残念ながら荒唐無稽なる”憶測”に終始せざるを得ない事をお断りしておく。

 なにしろ、縁壱に関して得られる情報と言えば鬼舞辻 無惨や黒死牟の主観的な回想と、炭治郎が夢の中で見た先祖の炭吉すみよし)の記憶という、どれも”あやふや”なものばかりである。

 しかし、それでもなお、縁壱の”真の姿”について論ずる余地があるのは、縁壱について回想する時の鬼舞辻の怖れ具合が不自然な程に目立つからである。

 先祖である炭吉が縁壱を間近で観察し、克明に記憶していた”日の呼吸”の技の精密な動作を夢の中で追体験した炭治郎が、昏睡から覚めた直後に再現して猛攻を仕掛けたにも拘らず、「あの男の赫刀は、斬撃は、こんなものではなかった」と、恐怖すら通り越し尊敬にも近い念を吐露する鬼舞辻。

 そこには「過去に頸を斬られて殺されかけたから」という直接の理由の他に、また別の「恐るべき要因」が垣間見える。

呪いの存在

 話が前後するが、この物語には二つの”呪い”という現象が存在する。
  1. 鬼が人間の前で鬼舞辻 無惨の名前を洩らした時に発動する”自壊機構”。基本的に全ての鬼の細胞に仕掛けられている。
  2. 産屋敷家の当主が代々に渡って侵される、身体が腐って三十歳を迎える前に死に至る病。家系から無惨という”最初の鬼”を出してしまった事により発生した。
 そして、呪いという呼称自体は用いていないが、どう考えても”それ”としか思えない三番目の不可解な現象を炭治郎が目撃している。それは、胡蝶 しのぶと珠世が共同で開発した「老化薬」の影響によって、鬼舞辻 無惨の体表に露(あらわ)になった無数の”傷跡”である。

 この傷に関して、当初は炭治郎が、

 「縁壱さんがつけた傷だ」
 「治癒しなかったんだ 何百年もの間」
 「無惨の細胞を灼き続けた」

 と、縁壱の攻撃に因るものであると断定しているが、その直後に鬼舞辻自身が当時を回想し、

 「あの男は初め 弱く見えた」
 (中略)
 「さらには その傷が」
 「何百年もの間 太陽の光のように 私の肉を細胞を 灼き続けるなど」

 と、縁壱の攻撃によって付いた傷である事を追認している。

 そして、極めつけは、その直後に洩らした以下の台詞である。

 「本当の化け物は あの男だ
 「私ではない!!」

 第三者から見る限り、(日光に当たれない事と引き換えではあっても)負傷が瞬時に回復したり、血によって眷属を増やしたりできる鬼舞辻 無惨という存在は、どの角度から見ても「化け物」以外の者ではない。

 しかし、そんな鬼舞辻自身の口から、一人の人間の剣士を指して「本当の化け物は」などという台詞が飛び出すのは驚嘆に値する。一体、縁壱の「何を」指して「化け物と呼ぶに値する」と思ったのだろうか?

縁壱は呪術師でもあった

 医科学的な根拠が全く無い以上、この結論を笑い飛ばされても致し方の無い事ではある。そこに有るのは、先述した前提条件から導かれる状況証拠としての整合性のみである。

 即ち、
  1. この世界には”呪い”という概念と効果が存在する。
  2. 刀に因る”切り傷”が何百年以上もの間、鬼舞辻 無惨の細胞に現在進行形で損傷を与え続けている。
  3. 縁壱が鬼ではない以上、この”切り傷”は血鬼術に因る効果ではない。
  4. 人間の身でありながら血鬼術に酷似する効果を与えられる術があるならば、それは”呪術”と呼ぶより他は無い。
  5. 伊黒が刀を強く握り締める事によって”赫刀”を再現し、不死川や冨岡、悲鳴嶼も武器同士を強く叩きつける事によって赫化を果たしたが、鬼舞辻自身がそれを”どの鬼狩りの赫刀も あの男には劣り”と述懐しており、縁壱のそれとは本質的に違う事を示唆している。
  6. 縁壱が刀に物理的な工作などを一切加えずに刀身を赤くし、なおかつ、その威力が伊黒たちが赫化した刀に勝るのであれば、それは”呪術に因る効果”と呼ぶより他は無い。
 という事である。

 奇しくも、無限城での戦いに於いて獪岳が善逸に傷を負わせた際に発動した血鬼術が、まさに「与えた傷を拡大させる」という効果を持っていたが、それと同等以上の効果を、単なる人間の剣士が刀を振るという動作だけで発生させたとは、やはり考えづらい。

 もちろん、縁壱が鬼舞辻を攻撃する事前に毒物の類いを刀身に塗布していた可能性も皆無ではないが、仮にそうであったとしても、動植物由来の毒物である限りは数百年も継続して損傷を与え続ける事は不可能だろう。

縁壱の刀は放射性物質?

 では、動植物由来の毒ではなかった場合はどうなのか?確かに、たった一つだけ、数百年どころか数万年にも渡って継続的に細胞に損傷を与え得る天然物質が存在する。それは「閃ウラン鉱」や「燐灰ウラン鉱」に代表されるウラン鉱物である。
【参考】『天然ウラン - Wikipedia

 仮に、縁壱の刀の表面、あるいはその素材となっている鉄自体にウラン鉱物が含まれており、鬼舞辻を攻撃した際にそれらの放射性物質が体内に入り込んで細胞に損傷を与え続けた…と考えるならば、それが最も医科学的な根拠に則した説であると、一見は思える。

 しかし、今一度、冷静に考え直せば、その説は簡単に瓦解してしまう。そんな放射性物質を含んだ刀を肌身離さず携行していたら、縁壱自身の方が先に癌(がん)を発症して死んでいる筈だからである。

 従って、縁壱が鬼舞辻を攻撃した際に放った技は「通常の剣術に他の何かを上乗せしたもの」であり、その「何か」に当て嵌まる言葉が、この世界に於いては「呪い」しか存在しない、というのが実情である。

 以上の理由から「継国 縁壱は剣士であると同時に呪術師でもあった」と結論する。

縁壱零式に隠された秘密


 ”刀鍛冶の里”に永らく隠匿されていた戦闘訓練用の機械人形である縁壱零式よりいちぜろしき)に関しては、その名称と外見から、”日の呼吸”の使い手であった継国 縁壱の剣技に於ける所作(一連の動作)を模倣したものである事に疑いの余地は無い。

 しかし、人形の最終的な所有者であった小鉄少年が「俺の祖先が作った」と供述してはいるものの、作者本人の名前や制作するに至った動機、そして人形の内部に”滅一文字”の刀を隠しておいた理由などに関しては、依然として謎のままとなっている。

再制作は不可能?

 また、縁壱零式が造られた時期に関しても、小鉄少年自身が「戦国の世の話なので」と言及しているだけであり、詳しい年代までは判然としていない様子である。しかし、真に重要なのは、その直後に炭治郎の質問に対して小鉄少年が答えた内容である。

 炭治郎が発した、

 「そんな…三百年以上 昔なんだ?」
 「そんな長い間 壊れてないの?あの人形」

 という問いに対して、小鉄少年は、

 「凄い技術なので 今の俺たちでも追いつかないんです」
 「壊れてしまったら もう直せない…

 と、返答しているが、そんな馬鹿な事があり得るだろうか?

 仮にも、日輪刀の制作を一手に引き受けていた”物作りの一族”の一員であれば、壊れた時の事を想定して設計図や調整の方法等を書き残して然るべきではないだろうか?ましてや、鬼殺隊士達の戦闘訓練用として、自らの死後も末代まで利用する事を前提としていたのであれば尚更である。

 にも係わらず、それらの記録が公式には存在せず、精々、一族の者に口伝として伝えられる範囲に留まっていたのであれば…ここに、一つの仮説が浮かび上がる余地がある。即ち、「縁壱零式の制作は秘密裏に行われる必要があり、なおかつ、その存在は非公式に扱われる必要があった」という事である。

制作を依頼したのは誰か?

 話は前後するが、縁壱零式、それ自体を制作したのが小鉄少年の祖先であったとしても、まさか、ある日突然に「そうだ、縁壱殿の所作を模倣した絡繰り人形を作ろう!!」などと、何らの脈絡もなく思い立ったとは考え難い。

 順当に考えるのであれば、鬼舞辻 無惨を取り逃がした事、並びに兄の巌勝が鬼と為って鬼舞辻の側に寝返った事の処罰として、縁壱が鬼殺隊を追放された旨の報せを受けた後の事であるのは明白である。

 この後、数ヶ月、あるいは数年の時間差はあったかもしれないが、かつて縁壱と寝食を共にした当時の”柱”の誰かしらが刀鍛冶の里を訪れた際に、「縁壱殿が居なくなったのは、鬼殺隊にとって大きな痛手であった」と吐露した可能性は非常に高いし、無理からぬ事であったろう。

 それに呼応する形で、小鉄少年の祖先が「では、縁壱殿の所作を模した絡繰り人形を作り、剣技の訓練をしては如何か?」と提案したのであれば、当の縁壱本人が追放されている手前、あくまでも「秘密裏、非公式に」という条件付きであったとしても、却下する理由までは無かった筈である。

最終的な検定者は炭吉だった

 はたして、縁壱零式の制作開始から完成までに、どれほどの時間を要したのかは定かではないが、絶対的な期日が存在した事は明白である。何故ならば、完成した機械人形が実際にどれほどの再現率で縁壱の所作を模倣できているかを”検定”する必要があったからだ。

 そして、本来であれば、その”検定役”は縁壱の剣技を実際に見た事がある”柱”本人が務めるのが道理であるが…残念ながら、当時の工業製品(?)の素材調達から作業工程までの諸事情を考慮すると、縁壱零式が完成するまでに最低でも数年、下手をすれば五年、十年の月日を要した可能性すらある。

 その間、縁壱の剣技を見覚えていた”柱”が生存していた可能性は、残念ながら極めて低い。

 第一には、”痣の者”が活動限界である二十五歳を迎えて次々と死んでいったという経緯と、第二には、当時の炎柱が「縁壱が去ってから、鬼狩りは段々と弱くなっていった」と書き残しているように、”柱”を始めとして縁壱の直接指導を受けた剣士が悉く鬼舞辻の標的となり、殺害されたという事実が挙げられる。

 そうなると、必然的に”柱”以外の第三者が縁壱零式の完成度を”検定”したという事になるが…果たして、”柱”以外の何者が「縁壱の剣技の動作」を見覚えていたというのだろうか?

 それに該当する人物が、たった一人だけ存在する。そう、継国 縁壱本人の技を眼前で観察し、”神楽”という形で後世に残した炭吉である。

 もちろん、縁壱零式の制作者本人が炭吉の存在を知っていたとは到底考えられないが、縁壱本人と密かに連絡を取り、機械人形の完成を報告した際に「ならば、炭吉という人物に検分を依頼すると良い」との指示を受けていた可能性ならば十分に有り得る。

 以上の状況的考察を以って、「縁壱零式の制作者は不明のままだが、その最終的な完成度の検定は炭吉が務めた可能性が高い」と結論する。